スズキ エブリイPC 64V
2026.08.18
ブログ時事ネタ
こんにちは、中島です。
世間はお盆休みらしい。
らしい、という伝聞形になるのには理由がある。僕には、お盆休みというものが存在しないからだ。存在しないものについて、人は伝聞でしか語れない。だから僕は今、幽霊か何かの話をするように、お盆休みについて語っている。
独身。
家族なし。
彼女なし。
こう三つ並べると、まるで人生における喪失の記録のように見える。喪失の記録――いい響きだ。でも違う。厳密には違う。
最初からないものを、失うことはできない。
ゼロからゼロを引いても、答えはゼロだ。プラスにもマイナスにもならない。数学というのは、時々、驚くほど人にやさしい。何も証明せず、何も断罪せず、ただ静かに「ゼロだよ」と言ってくれる。
さて。
家族がいないので家族サービスはない。
彼女がいないのでデートもない。
帰省の予定も、旅行の予定もない。
会社のカレンダーだけが、律儀に「お盆」だと主張している。
つまり僕にとってのお盆とは、
少し世間が騒がしいだけの、ただの日曜日。
大型連休ではない。夏季休暇でもない。日曜日だ。七日に一度、律儀に巡ってくる、あの日曜日。それ以上でも、それ以下でもない。
不思議なものだ。
普段の日曜日なら、
「今日は休みか」
の一言で全てが完結する。事件は起きない。物語も始まらない。
ところがテレビをつけると、
「お盆休みも後半に入り――」
とやっている。高速道路は渋滞。新幹線の乗車率がどうした。空港の帰国ラッシュがどうした。
SNSを開けば、海。山。旅行。帰省。BBQ。楽しそうな写真が、次から次へと流れてくる。まるでベルトコンベアだ。幸福のベルトコンベア。
僕は、彼らとまったく同じ「日曜日」という時間を生きているはずなのに、なぜか損をしている気分になってくる。
人間とは、不思議な生き物だ。他人が休んでいるというだけの理由で、自分まで休み足りない気がしてくる。休むという行為に、他人との比較が紛れ込んでくる。休息にすら競争原理を持ち込む生き物、それが人間というものらしい。知らないけど。
ならば僕も、お盆らしいことをしてみよう。そう思った。思ってしまった。
旅行でもしようか。
そう思った。思っただけだ。思っただけで、事は何も進んでいない。
お盆だ。混んでいる。高速道路、混んでいる。観光地、混んでいる。飲食店、混んでいる。ショッピングモール、たぶん混んでいる。確認はしていない。確認するまでもない。
「せっかくの休みだから出かけよう」
と、全国の人間がほぼ同時にまったく同じことを考えた結果、全国の人間が、ほぼ同じ場所に集結する。なかなか壮大な社会現象だ。個々人の自由意志の集積が、これほど画一的な結果を生むというのは、皮肉というより、もはや様式美に近い。
休むために渋滞に並び、
休むために駐車場に並び、
休むために飲食店に並ぶ。
そこまでして、休む必要が本当にあるのだろうか。
――いや。
違う。発想が、根本から逆だった。
どこへ行けば空いているのか、ではない。
どこにも行かなければいい。
僕はついに、お盆休みの攻略法を発見した。攻略法というのは大げさかもしれない。でも大げさに言った方が、この地味な結論も少しは輝いて見える気がする。気がするだけだけど。
というわけで、自宅である。
移動時間0分。交通費0円。渋滞0km。駐車場待ち0分。宿泊予約不要。チェックインなし。チェックアウトなし。忘れ物をしても取りに戻る時間は0秒だ。取りに戻る必要すらない、最初から手元にあるのだから。
圧倒的だ。旅行サイトで星をつけられるなら、星5をつけたい。星6が実装されていないことだけが、この宿泊施設の唯一の欠点だ。
問題があるとすれば、見慣れすぎていて観光要素が完全にゼロだということくらいで、まあ、それはもう、しかたのないことだ。

せっかくなので、庭に出る。
椅子を置く。炭を起こす。肉を焼く。サザエも焼く。
夏だ。暑い。炭も熱い。日差しも熱い。肉より先に、僕が焼けそうな気配がしてくる。
何をやっているんだろう、と、ふと我に返る瞬間がある。でもビールを飲むと、その疑問はどうでもよくなる。ビールという飲み物は、哲学的な問いを溶かす溶媒として、非常に優秀だ。
一人BBQである。
BBQという言葉には、本来、友人や家族がワイワイ集まっているイメージが付随している。ところが僕の場合は一人だ。誰もいない。だから正確にはこれはBBQではなく、
屋外調理
と呼ぶべきなのかもしれない。急に業務感が出た。急に、レジャーが労働に変換された。でも、悪くない。
誰にも肉を取られない。焼き加減に文句を言われない。サザエも全部、僕のものだ。
「それ俺が育ててた肉!」
という、BBQでよく分からない所有権争いが発生することもない。あの争い、冷静に考えるとかなり不毛だ。育てていない肉に対して、みんな謎の愛着を主張しはじめる。
一人というのは、寂しい。
しかし一人というのは、
取り分が100%だということでもある。
物事には必ず二つの顔がある。二つの顔は、たいてい同時には見えない。片方を見ているときは、もう片方は視界の外にある。

食べたので、散歩する。
犬を連れて、近所を歩く。
僕には家族がいない。彼女もいない。しかし、犬はいる。完全なゼロではない。危うく先ほどの数学に裏切られるところだった。ゼロだと思っていたら、実は0.何かだったという話。誤差の範囲、と言うにはいささか大きい存在だけれど。
彼にとって今日は、お盆ではない。昨日も、今日も、明日も、
「散歩に行ける日」
か、
「散歩に行けない日」
かの、二択でしかない。非常にシンプルだ。彼はカレンダーという概念そのものから、完全に解放されている。ある意味では、僕よりよほど自由な存在だと言える。
近所を歩く。僕は景色を見る。犬は地面の匂いを嗅ぐ。僕が空を見上げている横で、彼は電柱の匂いを熱心に嗅いでいる。
同じ散歩をしているはずなのに、見ている世界が、まったく違う。
でも、歩いている方向だけは同じだ。
人間同士だって、案外そんなものなのかもしれない。見ているものが違っても、同じ方向へ歩いていける。歩いていけることもある。知らんけど。

散歩から帰る。
ここからが、僕のお盆休みの本番だ。
エアコン。動画配信サービス。酒。そして今年、自分へのご褒美という名目で導入した、
5.1chサウンドシステム。
さらに、
電動リクライニングソファー。
「自分へのご褒美」という言葉は、実に便利だ。誰の許可も必要ない。自分が自分に申請し、自分が承認する。決裁のスピードは、驚異の0秒。稟議書も、上長の印鑑も、必要ない。独身であることのメリットが、こんなところにも密かに転がっていた。
ソファーに座る。ボタンを押す。ウィーン。背もたれが倒れる。足が上がる。酒を置く。動画を再生する。犬がやってくる。
完成だ。
映画を観る。
後ろから音がする。横から音がする。前からも音がする。銃声。爆発音。車。ヘリコプター。
音響だけなら、もう映画館だ。しかし画面の前にいるのは、短パン姿で酒を飲んでいる中年男性と、一匹の犬。
文明の進歩は、本当にこのためだったのだろうか。
たぶん違う。技術者たちは、もっと崇高な目的のためにこのシステムを開発したはずだ。でも使い方は自由だ。誰にも咎められない。
犬は映画を観ているような、観ていないような顔をしている。途中で寝る。僕も飲み続けると寝る。
5.1chサウンドシステムを導入した結果、
高音質で寝落ちできるようになった。
技術革新である。人類の叡智の、実に贅沢な誤用である。
「一人で晩酌」
と言うと、少し寂しく聞こえる。
「犬と二人で晩酌」
と言うと、少し楽しそうに聞こえる。
ただし犬は酒を飲まない。つまり飲酒人口は、厳密には一人だ。統計というのは、表現の仕方ひとつで印象がまるで変わる。数字は嘘をつかないが、言葉は平気で化粧をする。
映画を観ながら酒を飲む。犬を撫でる。また飲む。犬が寝る。僕も寝そうになる。
特に事件は起こらない。何も起こらない。
だから、いい。
旅行には行かなかった。観光もしなかった。帰省もしなかった。誰とも待ち合わせなかった。
庭で肉とサザエを焼いた。犬と散歩した。酒を飲んだ。映画を観た。寝た。
それだけだ。
でも考えてみれば、休日なのだから、それでいい。それだけで、十分に成立している。
「せっかくの休みなんだから何かしなければもったいない」
という考え方がある。よく聞く。よく言われる。
しかし、何かをしなければならないと感じている時点で、それはもう義務なのではないか。休みという言葉の中に、いつのまにか「せねばならない」が忍び込んでいる。忍び込んでいることに、たいていの人は気づかない。
休むための予定を立て、
休むために早起きして、
休むために渋滞にはまり、
休むために疲れて帰ってくる。
それに比べれば、
何もしない。
これは、かなり純度の高い休暇だ。混ぜ物のない、原液のままの休暇。
こうして、僕のお盆は終わった。
いや。
そもそも、お盆休みなど最初から存在しなかった。
ただの日曜日だ。それを勝手にお盆休みだと思い込み、肉を焼き、犬と歩き、酒を飲み、電動ソファーに沈んだ。
何もしていない。どこにも行っていない。思い出らしい思い出も、特にない。
写真を見返しても、
犬。
足。
肉。
犬。
――非常に地味だ。地味という言葉がこれほど似合う写真フォルダも、なかなかない。
でも、それでいい。
世間がお盆だからといって、世間と同じように過ごす必要はない。
みんなが遠くへ行くなら、僕はどこにも行かない。
みんなが予定を詰め込むなら、僕は予定を空っぽにする。
独身。
家族なし。
彼女なし。
予定なし。
こう並べると、相変わらず何かを失った人間の目録のように見える。見えるだけで、実態は違う。
何もないからこそ、何もしない自由だけは、たっぷりあった。
来年のお盆。
彼女がいるかもしれない。家族がいるかもしれない。旅行に行っているかもしれない。可能性の話をするだけなら、人間は何でも言える。言葉はタダだから。
まあ、たぶん、犬といるだろう。
それはそれで、悪くない。悪くないどころか、案外、これくらいがちょうどいいのかもしれない。
明日の空が、限りなく透明に近い青色でありますように。

中島 一
運送会社の役員として10年以上にわたり物流業界に携わり、3PL事業も展開。物流の上流工程からラストワンマイルまで一貫して対応できる幅広い知見を持つ。
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