スズキ エブリイPC 64V
2026.08.14
お金中古車
第一章、と呼ぶことにしよう。別に章立てするような話でもないのだけれど、こういうのは形から入った方が締まる。締まりのない話を、締まりのない僕がするのだから、せめて構成くらいは締めておきたい。
「10万kmを超えた軽バンはやめておけ」
インターネットは、今日もそう教えてくれる。ありがたいことだ。ありがたいことなのだが――待ってほしい。待ってくれ。10万kmという数字に、いったい何の意志があるというのか。
99,999km。この数字を刻んだ軽バンは、まだ安全らしい。
100,000km。この数字を刻んだ瞬間、その軽バンは危険な乗り物に生まれ変わるらしい。
まるで呪いだ。まるで、深夜0時を過ぎたら人間じゃなくなる何かの都市伝説みたいだ。カボチャの馬車と同じ理屈で、軽バンのエンジンが壊れると思っているなら、それはさすがに童話の読みすぎというものだろう。
車は、自分のメーターを見ていない。
「あ、俺いま10万kmいったわ。じゃあ壊れます」
そんな殊勝な車、見たことがない。見たことがないから、いない。いないものについて語るのは、そろそろやめにしよう。
もちろん、走行距離が無意味だと言いたいわけではない。少ないより多い方が、部品は多く働いてきた。それは事実だ。事実だけれど、事実のすべてではない。
中古車を走行距離だけで判断するというのは、健康診断で年齢だけ聞いて「はい、あなたは健康です」と診断するようなものだ。
――いや、そこはもうちょっと診てくれよ。
聴診器くらい当ててくれ。車も、同じことを思っているに違いない。思っていないかもしれないが、思っていることにしておく。この話は、そうやって進んでいく。
ネットで車種名を検索すると、出てくる出てくる。
「○○は壊れやすい」
「○○のミッションは弱い」
「○○は20万km走る」
情報という名の断片が、こちらの意志など無視して降り注いでくる。困るのは、それが完全な嘘ではないということだ。
完全な嘘なら、話は早い。無視すればいい。ゴミ箱に捨てて、蓋を閉めて、忘れればいい。
厄介なのは中途半端な真実で、中途半端な真実というのは、たいてい嘘よりも性質が悪い。特定の車種や型式に、比較的発生しやすい故障が存在すること自体は、ある。実際に乗っていた誰かが、実際に壊れた経験を書いていることも、ある。つまりその人は、嘘つきではない。
ただ、
「私の車が壊れた」
という一人称の悲鳴と、
「この車種は壊れる」
という一般化された断定は、似ているようでいて、まったく別の生き物だ。前者は一台の物語であり、後者は種族全体への判決文である。一台の経験を、車種全体の宿命にまで引き伸ばすには、もう少し材料がいる。もう少しどころか、かなりの材料がいる。
考えてみてほしい。
軽バンを買った。三年乗った。特に何も起きなかった。今日もエンジンは何の感慨もなくかかった。
――これを、わざわざ書くだろうか。
書かない。書かないと思う。
「本日も我がエブリイ、異常なし。以上、報告終わり」
毎日そんな投稿をしている人がいたら、それはそれで別の意味で心配になる。エブリイの安否よりも、その人の安否を。
逆に、
「買って半年でミッションが壊れた!!!」
これは書きたくなる。書かずにいられなくなる。感情には、そういう重力がある。
つまりインターネットという場所には、何ごともなく走り続けている大量の車たちよりも、何かが起きたごく少数の車たちの方が、声が大きく、目立ちやすいという性質がある。声の大きさと、母数の大きさは、まったく比例しない。
これは車に限った話でもない。ホテルでも、家電でも、飲食店でも同じだ。何も起こらなかった人には、書く理由がない。何かが起こった人にだけ、書く理由がある。
だから、ネット上の故障情報を眺めるときは、
「その情報が間違っているかどうか」
だけを見るのではなく、
「そもそも、どういう情報が表に出やすい構造になっているのか」
という、一段上の視点を持っておいた方がいい。上から目線、ではなく、俯瞰、ということにしておいてほしい。
中古車選びの世界では、10万kmという数字が、まるで結界のように扱われがちだ。
9万kmなら、まだ大丈夫。
12万kmだと、少し怖い。
15万kmなら、かなり怖い。
気持ちはわかる。数字はわかりやすい。わかりやすいものに人は引き寄せられる。それが正しいかどうかは、また別の問題として。
ところが現実の中古車というのは、そんなにわかりやすくできていない。世界は、僕らが望むほど親切じゃない。
たとえば、こういう二台を考えてみる。
A車。走行距離7万km。オイル交換は、まあ、適当。
B車。走行距離12万km。オイル交換は定期的。必要な消耗品も、きちんと替えられてきた。
数字だけを見れば、選ぶべきはA車だ。誰だってそう言う。
でも、実車を確認したら、B車の方が状態がいい――なんてことは、普通に起こる。普通に起こるどころか、わりとよく起こる。
どこを走っていたのか。
どれくらい荷物を積んでいたのか。
短距離の発進停止ばかりだったのか。
高速道路が中心だったのか。
オイル管理はどうだったのか。
過去にどんな修理をしてきたのか。
同じ10万kmという数字の裏側で、まったく違う十万キロが走られている。走行距離は、履歴の一部だ。履歴のすべてではない。数字は、物語の要約であって、物語そのものではない。
そしてもちろん、逆方向の思い込みもある。
走行距離が少なければ少ないほど、いい。
これも、必ずしも正しくない。年式が古いのに、走行距離が極端に少ない車がいたとしたら、それは長期間、動かされずに眠っていた可能性がある。
車には、走ることで劣化していく部品と、走らなくても、時間が経つだけで劣化していく部品がある。ゴム類。シール類。バッテリー。彼らは、車が止まっている間も、律儀に老いていく。
だから、
「平成○年式なのに、まさかの3万km!! 超極上車!!」
という煽り文句に、脊髄反射で飛びつくのも、また危うい。
中古車は、
走りすぎていても、気になる。
走っていなさすぎても、確認することがある。
――面倒くさい。
そう、面倒なのだ。中古車選びとは、要するに、面倒であることそのものなのだ。この面倒さから逃げようとした瞬間に、たぶん足をすくわれる。
ここからが、本題――軽貨物の話だ。
一般の乗用車と軽貨物車では、同じ走行距離でも、その中身がまったく違うことがある。
軽貨物の現場では、
発進。
停止。
発進。
停止。
荷物を積む。
また走る。
停める。
エンジンをかける。
また走る。
という運動が、延々と繰り返される。年間走行距離も、自然と多くなる。
つまり軽貨物車を見るときは、
「何km走ったか」
だけでなく、
「どうやってその距離を走ったか」
まで見なければならない。10万kmという数字だけを根拠に、
「まだ大丈夫」
とも、
「もうダメ」
とも、断定はできない。数字は判決を下さない。判決を下すのは、いつだって数字の向こう側にある実態の方だ。
ここまで読み進めると、当然、こう思うはずだ。
「走行距離も信用するな。ネットも信用するな。じゃあ、いったい何を信用すればいいんだ」
もっともな話だ。もっともすぎて、何も言い返せない。
ただ、誤解しないでほしいのは、何も信用するなと言っているわけではない、ということだ。むしろ逆で――
情報を、一個だけで信用しないでほしい。
それだけの話だ。
中古の軽バンを見るなら、
年式。
走行距離。
整備履歴。
オイル管理の状態。
エンジンの調子。
ATやCVTなど駆動系の状態。
足回り。
オイルや冷却水の漏れの有無。
異音の有無。
過去の修理歴。
そして、その車種において実際に起きやすいとされるトラブル傾向。
これらを、一つずつではなく、まとめて重ね合わせて判断する。
地味だ。とても地味な作業だ。面倒でもある。だが、地味で面倒なことこそが、たいてい一番まともなやり方だったりする。世の中の近道の九割は、近道に見えるだけの遠回りだ。
ネットで調べること自体は、まったく悪いことではない。むしろ、中古車を買う前なら、どんどん調べた方がいい。調べないという選択肢は、もはや選択肢ですらない。
ただし、
「○○は壊れやすいと書いてあった」
で、思考を止めないでほしい。
そこで止まってしまったら、それはただの伝言ゲームの最終地点に立っているだけだ。もう一歩、進んでみる。
「なぜ壊れやすいと言われているんだろう?」
特定の年式の話なのか。
特定の型式の話なのか。
特定の部品の話なのか。
走行距離が伸びたときに出やすい症状なのか。
メンテナンスで予防できる類のものなのか。
修理するといくらかかるものなのか。
ここまで掘り進めれば、ネットの情報は、急に頼れる相棒に変わる。
つまりネットというのは、
答えを見つける場所ではなく、確認すべき問いを見つける場所。
そう捉え直すと、ずいぶん扱いやすくなる。武器の持ち方を、正しく覚えたような感覚に近い。
最後に、中古車を探している人に、一つだけ身も蓋もない話をしておこうと思う。
絶対に壊れない中古車は、存在しない。
いや、新車だって絶対ではない。機械である以上、絶対はない。絶対がないという事実だけが、絶対だ。
だから車選びで本当に考えるべきは、
「壊れるか、壊れないか」
という二択ではなく、
「どんなリスクがあって、そのリスクを自分は許容できるのか」
という、もう少し大人びた問いの方だ。
価格が安い。でも走行距離が多い。だったら、その差額をあらかじめメンテナンス費用として見込んでおく。
価格が高い。でも年式が新しく、走行距離も少ない。だったら初期費用とのバランスで考える。
仕事で毎日使う。だったら、故障して仕事が止まるリスクまで、あらかじめ勘定に入れておく。
車選びは、正解探しではない。条件の交換だ。何かを取れば、何かを手放す。等価交換――というほど綺麗な話でもないけれど、そう遠くもない。
予算50万円で、
高年式。
低走行。
程度極上。
絶対に故障しない。
燃費もいい。
装備も充実。
――そんな軽バンが本当に存在するなら、僕らが先に買っている。全国の整備工場、全国の中古車屋、全員が先に並んでいる。あなたの番は、たぶん、こない。
ネットには、たくさんの情報がある。
「この車は買うな」
「10万kmを超えたら危険」
「この型は壊れる」
わかりやすい情報ほど、目に飛び込んでくる。目に飛び込んでくる情報ほど、単純化されている。単純化されているということは、削ぎ落とされた部分があるということだ。
でも車の状態というのは、本来、そんなに単純にできていない。
10万km走った車には、10万km走ったという事実がある。それ以上でも、それ以下でもない。
大事なのは、その10万kmを、どう走り、どう整備され、今どんな状態にあるのか、という物語の中身の方だ。数字は表紙にすぎない。
ネットで調べる。口コミを見る。動画を見る。それ自体には、大賛成だ。
ただ最後は、目の前にある、その一台を見てほしい。
ネットの向こうにいる誰かの軽バンと、あなたが今まさに買おうとしている軽バンは、名前も背格好も似ているだけの、まったくの別人――もとい、別の車だ。
ちなみに、ネットの記事をここまで読んでもらっておいて、
「ネットを信用しすぎないでください」
と締めくくっていることについては――。
その一点についてだけは、どうか、ネットの情報を信用していただければ幸いだ。
明日の空が、限りなく透明に近い青色でありますように。

中島 一
運送会社の役員として10年以上にわたり物流業界に携わり、3PL事業も展開。物流の上流工程からラストワンマイルまで一貫して対応できる幅広い知見を持つ。
また、行政担当者や各業界の経営者を交えた勉強会を主催し、現場課題から政策動向まで多角的に把握。実務と行政の両面から、物流ビジネスの最適解を探求している。
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